青森地方裁判所 昭和39年(ワ)36号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕一、およそ約束手形による手形債務の成立には、これを振出人のみについていえば、振出人としての署名をなすだけでは足らず、任意に、他にこれを授与することを要するものと解すべく、いま、手形に金額等必要事項の記載は了したが、交付すべき相手が未確定などの理由により名宛人らんの記載をせずして手許に保管しこれを流通におくことをさしひかえている場合に、何人かがこれを他に交付した場合には、いまだ任意の授与即ち交付がないものとして振出人は手形債務を負担しないものと解するのが相当である。
手形が、いかなる理由によつて流通におかれたかは、第三者はとうていこれを知り得ないから、手形作成者の意思に基かずして流通した場合でも、振出人は責任を負うべきである。との説もないではないが、なおそれは、取引の安全、手形流通の確保ないし善意取得者の保護を強調しすぎもしくは手形法第十六条第二項のいわゆる外観主義を高唱しすぎるものであつて、結局手形の署名によつて即手形債務の発生を認めるに帰し、当裁判所はとらない。
二、ところで、これを本件についてみるに、<証拠>を総合すると、被告高田から、同被告が経営する旅館営業に必要な資金にあてるべく、融資をしてくれる者を世話してほしいと依頼をうけた森田匡春は、たまたま知り合つた、当時秋田県大館市居住の自称金融業唐倉隆造を被告高田に紹介したところ、その後金融業者を唐倉が被告高田の許へつれてきたこともあつたが、結局唐倉が、他からの融資を得られよう仲介の労をとつてくれることとなり、昭和三十八年十月末頃、唐倉から、翌日秋田県大館市に住む人から金をうけとるから、との旨告げられた被告高田は、唐倉の指示に基き手形を作成(ただし名宛人らんは白地)したが、それが甲第一号証(本件手形という)であること、ところで唐倉は本件手形を作成した日の夜は被告高田経営の旅館に宿泊したが、手形作成の際には、翌朝同被告の代理としてその妻と右森田とが、本件手形を持参して唐倉と同道のうえ、同人がいう、金を貸してくれる人に面談し、金員と引換に名宛人らんに貸主の氏名を記入して補充し、これを貸主に交付することと話し合つたこと、従つて、被告高田が本件手形の名宛人らんを白地にしかつ同被告の妻や森田らが唐倉と同道、貸主に面談することとしたのは、唐倉も貸主が誰であるかを被告高田に告げず、従つて貸主が誰であるか確定し得なかつたことによるし、同時に被告高田としても唐倉に本件手形を交付することは危険であると判断し貸主が真実融資することを確かめかつ金を受領するまでは本件手形を流通におくことをさしひかえたことによるものであること、そのような理由から、被告高田は、妻が翌朝出発することでもあるので、妻に本件手形を一時保管させてはいたものの、妻に対しても、強く、借受金と引換えでなければ他に交付してはならない旨念を押したことであつたことを認め得、証人小笠原慶吉の証言、原告本人尋問の結果も、右認定を左右するものではない。
右事実からするときは、原告としてはいまだ本件手形につき、手形金額に対応する金員を受領するまでは、これを流通におくことをさしひかえていたものと解するのが相当である。
もつとも、証人高田照代の証言によれば、唐倉は、右のようにして宿泊した翌早朝、突然高田の妻である照代に対して、どうしても一人で、今すぐに出発しなければならないことになつたが、融資の方は、本件手形を貸主にみせて貸主と被告高田方に連れてくるから、手形を貸してほしい、又、印かん証明書のない手形は紙屑同様であるから心配はない、と言い、照代は、唐倉の言を真実と誤信し、従つて貸主なる者に見せるにすぎず本件手形が他に流通される筋合のものではないこととして、被告高田の承諾を得ぬままに、急がせる唐倉に本件手形を預けた事実を認め得るけれども、弁論の全趣旨をも併せ考えれば、とうてい被告高田からは交付を受けることができないと察知した唐倉が、照代をそそのかして同人を利用し被告高田不知の間に本件手形を入手したと推認でき、このことは被告高田につき前記認定を別異にするには至らないと解すべきものである。
してみると、前説示の理由により、本件手形の振出人となつている被告高田につき、本件手形の振出人としての債務は発生していないものというべきである。(秋吉稔弘)